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大阪家庭裁判所 昭和34年(家)3218号 審判 1965年3月23日

申立人 本田ツユ子(仮名)

相手方 谷川サトコ(仮名)

主文

被相続人谷川吉男の遺産を次の通り分割する。

一、別紙第一目録記載の不動産全部を相手方の取得とする。

二、別紙第二及び第三目録記載の預金及び株式全部を申立人の取得とする。

三、相手方は申立人に対し金三四〇万九、五三四円を支払え。

理由

本件申立の要旨は「被相続人谷川吉男は昭和三四年四月一七日死亡し相続が開始したが相続人である申立人及び相手方の間で遺産分割の協議が整わないので、その分割を求める」というにある。

そこで調査した結果、当裁判所が認める本件の事実関係は次の通りである。

一、本籍兵庫県○○郡○○町○○乙一○五番地谷川吉男は昭和三四年四月一七日死亡し相続が開始したが、その相続人は妻サトコ(相手方)と先妻良子の生んだ長女ツユ子(申立人)とである。

二、被相続人吉男と相手方とは共に小学校の教員であつたが、昭和二二年五月二七日結婚した(同二三年六月一五日婚姻届出)後も引続き勤務し就中被相続人は昭和二三年五月一日以降校長の職にあつた。そして昭和三四年三月当時の俸給額は被相続人四万一、七〇〇円(手取額は四万五、四一五円)、相手方二万五、三〇〇円(手取額は不明であるが俸給額に近いものと推定される)で、他に収入源はなかつた。又婚姻当初は両者共無資産で後記遺産はすべて婚姻後取得したものである(相手方昭和三八年一一月二七日の供述、大阪市教育長の回答書)。

三、被相続人名義の財産は別紙第一乃至第三目録記載の不動産、預金及び株式でその時価は右各目録記載の通りである。その内

四、イ、別紙第一目録一の土地については、

被相続人は該土地を昭和二八年八月一三日代金二三万五、二〇〇円で買受けたが、その買入資金の内一一万一、〇〇〇円を相手方が負担している(乙第一四乃至一六号証、前記相手方の供述)。

ロ、同目録二の家屋については、

その建築工事費は総額七二万二、五四〇円であつて、その内五七万円は住宅金融公庫からの借入金によつた外、残額の内九万一、一四〇円は相手方が、六万一、四〇〇円は被相続人が、それぞれ負担している(乙第一七乃至二三号証、前記相手方の供述)。

ハ、同目録三の土地については、

その買受代金一九万九、九〇〇円の総てを相手方が負担している(乙第一乃至四号証、前記相手方の供述)。

以上の各不動産を総て被相続人名義にした理由は、相手方等夫婦は家屋建築の目的で別紙第一目録三及び一の土地を順次購入し、次いで同目録二の家屋を建築したのであるが、その建築資金の一部を住宅金融公庫からの融資に仰ぐ関係上、建築主を収入の多い被相続人とし、土地所有者を建築主と同一にする方が融資額も多く、又優先的に融資を受けられる点で有利と考えたからである(前記相手方の供述)。

五、イ、大阪ガス株式会社の新株六〇〇株の払込金は相手方が負担している(乙第八乃至一〇号証、相手方昭和三七年二月二一日の供述)。

ロ、大協石油株式会社の株式については、被相続人が昭和三三年一〇月七日山本正男から一、五〇〇株を譲受け、同三五年九月一日の増資により三、〇〇〇株となつたものである(乙第五号証の一乃至三)。相手方は当初相手方が上記山本に一、〇〇〇株貸し、その返還の際相手方名義とすべきを誤つて被相続人名義にしたと主張するけれどもその事実はない(乙第五号証の一乃至三、山本正男の供述)。

六、イ、○○銀行○○支店預入の普通預金債権につき、相手方は昭和三三年八月二二日預入の金四万円、同年一二月一七日預入の金九万八、六五〇円、同三四年一月八日預入れの金一〇万五、〇〇〇円はすべて相手方所有の金員を預入れたものであると主張するけれども乙第一〇、一二、一三号証によつてはこの事実を認め得ず、他に反証はない。

ロ、同支店預入の定期預金五万円につき、相手方は同預金は相手方が自己名義の預金を引出し、手持現金と併せて預け入れたものであると主張するけれども乙第一〇号証によつてはこの事実を認め得ず、他に反証はない。

七、申立人は前記の如く被相続人とその先妻良子との間に生れ、生後間もなく母を喪い、父方の祖父母の許で養育せられたが、昭和三〇年四月○○女子○○大学に入学し、同三四年三月同校を卒業した。その間入学金、授業料、書籍費、修学旅行費等に合計金七五万三、〇〇〇円を費していて(乙第四四号証)、総て親許からの仕送りで賄つているが、その費用を被相続人と相手方のいずれが、如何なる割合で分担したかは不明である。

八、相手方は相続財産管理費用及び相続債務の弁済として合計金四六万三、三七八円を支出しているが、その内訳は別紙第四目録記載の通りである。

九、相手方は現在本件遺産中不動産全部を占有管理し、その中別紙第一目録二の家屋に居住して、大阪市立○○小学校に勤務中であり、申立人は相手方とは同居せず薬剤師として病院に勤務していたが、昭和三九年二月一九日婚姻し肩書住所に居住している。

又相手方は被相続人との婚姻生活中取得した相当数額の株式(大阪ガス一、二〇〇株、日清紡績三〇〇株、東洋レーヨン六〇〇株)及び銀行預金債権を自己名義で保有している。

以上認定の事実から次の判断を導くことができる。即ち

(1)  申立人は三分の二、相手方は三分の一の各相続分を有する。

(2)  別紙第一目録記載の不動産はすべて被相続人と相手方との共有に属しその持分を各二分の一とすべきである。けだし

第一にこれらの不動産は被相続人と相手方とがいわゆる共働きをして得た収入によつて入手したものであり、被相続人の単独所有名義にしたのは上記四の末段に認定した事由によるものであるから、特段の事情のない限り両名の共有に属すると解するのが当事者の意思に添う所以であるし、

第二にこれらの不動産購入資金の内一六パーセントを被相続人が、三四パーセントを相手方が現に支出しているが、全資金に対する両者の分担率は、住宅金融公庫からの借入金に対する負担の割合をどう定めるかによつて変動するものであり、その割合を定めた形跡もないから、結局両者の間に分担率について明確な取りきめはなかつたものと考えられ、このことは取りも直さず持分の割合についても取りきめがなかつたことを意味する。他方両者の収入額は前記二に認定した通りであるところから婚姻後の取得財産に対する相手方の寄与の度合は通常の家庭の主婦と異りとりわけ高いことが認められるのであつて、このような場合金銭的寄与額の差に拘泥し民法第二五〇条の推定を破つてまで両者の持分に差等をもうけることは、夫婦共同体の本質に照し妥当でないからである。

(3)  株式及び銀行預金については実質上相手方所有のものを名義上被相続人の所有としなければならない特段の事情は認められないばかりでなく、相手方も亦自己名義のものを相当数額保有している点から見て、之等の財産は内部的にも各名義人の特有財産とする意思であつたことがうかがわれる。この見地に立てば株式の一部につき相手方が払込資金を負担した行為は夫婦協力義務に基く一種の贈与と見るのが至当である。

(4)  申立人が女子○○大学を修業するに要した学資は生計の資本として贈与されたものと見るべきであるが、その内被相続人の負担分の割合は上記(2)と同じ論理で全体の二分の一とするのが相当である。そうすると、上記学資の半額を特別受益として相続財産に持戻さなければならない。

(5)  相手方が支出した住宅金融公庫への返済金、固定資産税、家屋修繕費、火災保険掛金は相続不動産に関する費用であるが、相手方は該不動産の上に二分の一の持分を有すること前認定の通りであるから、右費用の中半額を相手方において負担すべきものである(民法第二五三条第一項)。そうすると該費用上の申立人の負担比率は残りの二分の一の三分の二即ち全体の三分の一となるのであつて、この比率による金員を申立人から相手方に返還しなければならない。

又相手方が支出した市民税、大阪府教職員互助組合への弁済金、酒代、書籍代等及び大協石油株式の払込金はその三分の二を申立人において負担すべきものであるから、この割合による金員を申立人から相手方に返還しなければならない。

以上の事実及び判断に基いて双方の相続分を算定すれば、遺産の総額は不動産価格の半額と預金額及び株式の価格を合算した六六七万五、一四二円であるからこの金額に申立人の特別受益額三七万六、〇〇〇円を加算した上之を三等分し、その一を相手方の、その二から右特別受益額を控除した額を申立人の各相続分とすべきであつて、然るときは相手方の相続分は二三五万五四七円、申立人の相続分は四三二万四、五九四円となるのである。

ところで相手方は遺産中不動産全部の上に持分を有して之を占有管理しつつあるのに対し、申立人には該不動産を必要とする特段の事情もないからこれらの不動産は全部相手方に帰属せしめるのが相当である。又株式及び預金債権については特に双方の一方に保有させることを必要とする事情は見受けられないから、之を申立人に帰属せしめるのが相当である。

そしてそのようにした結果相手方は六〇五万一〇円を取得し、上記相続分を三六九万九、四六三円超過する反面、申立人の取得額は六二万五、一三二円となつて右超過分と同額の不足分を生ずる。そこで相手方をして申立人に対し右同額の債務を負担せしめることによつて調整を図るべきであるが申立人は前記の通り相手方に対し不当利得返還債務を負担しており、その額は二八万九、九二九円となるから之を差引き、結局相手方に対し、三四〇万九、五三四円の債務負担を命ずることとする。

なお被相続人の死亡退職金については之を相続財産とし、或いは特別受益とする説があるけれども、いずれも当裁判所の見解と異るからその額を相続財産の額に加算すべしとする申立人の主張は之を採用しない。

よつて主文の通り審判する。

(家事審判官 入江教夫)

目録省略

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